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麹町大通り⑤ (垣見麹町ビル本館・別館)

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上記地図は、昭和61年版の航空住宅地図です。

上記地図の赤枠印Aの場所は、現在は麹町ダイヤモンドビルですが、かつては垣見家の敷地だったそうです。

明治22年(1889年)、上記Aの場所に地域の有力者達により麹町銀行を設立することとなり、垣見家の敷地が提供されたとの事です。

垣見油店創業当時に祭られていた豊栄稲荷は、現在も麹町ダイヤモンドビル裏に祭られており、地域の商売繁盛の守り神となっているとの事です。

(麹町ダイヤモンドビル)

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麹町4丁目交差点の北東側より撮影

(豊栄稲荷大明神)

南方より撮影

入口を撮影

垣見家は、上記地図の赤枠印Bの場所に移転し、昭和61年に垣見麹町ビル本館、昭和63年に別館を建築しています。

(垣見麹町ビル本館・別館)

南西方より撮影

平成元年10月の指定容積率800%に変更される前の700%時代に建築された建物としては、麹町大通りを代表するツインビルです。

(垣見家の歴史について)

垣見家の歴史は、初代は室町時代に遡り、足利義満の命により近江に着任し、其の後、近江地方の有力豪族となった垣見氏は、浅井長政、豊臣秀吉、石田三成に仕え、関ヶ原の戦いでは西軍に属し敗北しました。

其の後、時代が徳川になった江戸中期に、垣見家は、武士を捨て江戸に出て呉服屋ののれんを買い、麹町に移り住み、江戸後期には呉服屋、質屋を商い、明治4年に油屋を始めたとの事です。

忠臣蔵の話では、大石内蔵助が垣見五郎兵衛の名を語って江戸入りしますが、この垣見五郎兵衛は、垣見家の一族だそうです。

以上、麹町大通りの江戸時代からの歴史という観点から、江戸時代から麹町大通りで事業を継続している垣見家について、垣見油化㈱141年史を参考に作成してみました。

ー日本アプレイザル㈱ー